誰にも話せない座長のデリトレ秘話 (K持家編)


第1話:K持家の謎

デリ・トレの普段の練習は、もっぱらメンバーのK持の自宅で行なっている。
メンバーの休日が違う関係上、全員揃うのが夜しかなく、深夜に至っても思い切り音を出せるという点で周囲を茶畑に囲まれているK持家はメンバーにとっては非常に好都合だからである。しかし、こんな便利なK持家には問題が無くもない。
酔っ払って譜面台やパート譜を忘れようものなら、電話で問い合わせしてもまず出てくることは無いほど、K持家の地形は複雑らしい。
まるで、ビンラディン氏が逃げ込んだアフガン山中に匹敵するのでは?とメンバーの間で噂されるほどである。K持家で度々酔いつぶれているファーストバイオリン担当のH田も度々神隠しに遭っているようだ。いつぞやも本番の前の週、彼はそこで譜面を紛失した。
K持家の妻(最高権力者:逆らうべからず)には、再三電話で所在を確認したそうだが答えは「NO!」だった。
が、そこはさすがに動物占いで狼に当てはまるらしい彼は野性的な勘を働かせ、見事パソコンの横にある本棚の中からこともなげにドヴォルザークの譜面を探し当てた。私だったらダウジングにでも頼らなければ譜面を探すことは不可能だったかもしれない。
恐るべしK持家・・・。そういえば、練習中私の左足にぶつかってきたのは、K持家の愛娘優季ちゃんに跨れていたと思われるアヒルのオマル師だったような気がしないでもない。う〜ん、やはり、ここはアフガン山中なのかもしれない・・・。


第2話:K持家の女将伝説その1

デリ・トレのメンバーの演奏技術は必ずしも低くない。いや、むしろ所属する市民オーケストラ以外の団体から賛助演奏を頼まれるレベルであるから高いといっても良いだろう。
さて、今を去ること1年程前、沼津市の某市民オーケストラからショスタコーヴィッチの交響曲第5番「革命」の賛助出演を依頼された私は、同じく出演を依頼されていたK持妻を愛車に乗せ、沼津市民文化会館に向かった。

行きの車中、おもむろに開封された亀田のサラダせんべいの袋を手に持った彼女から一言
K持妻:「青島さん、シケたせんべい、食べる???」
座   長:「有難う、今は運転中だから・・・。(誰がシケたせんべいなんて食うかよ!)」
デリ・トレ座長として同じ演奏会に出演するメンバーを車に乗せていくのは座長として当然と考えていた。別に「そのことに謝礼を出せ!」なんてことを考えていなかったのは言うまでも無かったのだが・・・。

その後はしょ〜もない会話をして1時間半後、無事演奏会場に到着。
リハーサルを行なった後、白熱のショスタコーヴィッチを演奏し、お約束のトラ代(謝礼)を戴いた我々はレセプションのお誘いを丁重にお断りして帰路に着いた。
演奏終了後に体がビールを要求していたのは言うまでも無かった。(だってオケ奏者だもん)しかし運転手の立場上、ここは座長、グッと堪えてハンドルを握り助手席にK持妻を乗せて一路清水へ・・・。
っが、しかぁ〜し!!   清水方面にハンドルを切った瞬間、
「プシュッ!」「グビグビッ!」「ゴクッ!」(しばらくの間を置いて)「プハァ〜〜!!!」
という信じられない音と声が座長の耳に飛び込んできた。
横を見ると、そこには缶ビール片手に悦楽の表情に浸るK持妻の満足そうな顔が・・・。

デリ・トレ座長として同じ演奏会に出演するメンバーを車に乗せていくのは座長として当然と考えていた。別に「そのことに謝礼を出せ!」なんてことを考えていなかったのは言うまでも無かったのだが・・・。(エエかげんにせえ!)


第3話:K持家の女将伝説その2.

デリ・トレメンバーには「営業」という言葉が慣用句として用いられている。他の市民オーケストラに賛助出演を依頼される場合は「トラ」(エキストラの略)、結婚式やレセプションなどオーケストラ以外の団体・個人から依頼を受けて演奏する(もちろん有料に決まってるじゃねぇ〜か!)場合を「営業」とメンバーは呼んでいる。
昨年の秋、某S銀行で会長・頭取の新任レセプションに、「営業」してきちゃいました。なんでも会長様がモーツァルトの大ファンらしく、是非とも就任レセプションでデリ・トレに演奏してもらいたいとの依頼だったのだ。

日頃平日に練習するといった場合、「えぇ〜?!仕事があるじゃん。」と不満タラタラのメンバーが、「営業」の場合は何故か文句が出ない。金が絡むと、とたんに目の色が変わるカルテットも珍しい。

で、当日。普段遅刻が当たり前のメンバーは、時間どおりにセッティング完了。
会長お気に入りのアイネクライネ・ナハトムジークや定番のディベルティメントなど一連のモーツァルトシリーズの演奏を終え、幹事さんからもお礼を戴き、デリ・トレメンバーはホクホク!(この商売、やめられまっしぇん。)
無事、レセプションはお開きを迎え、楽器の片付けをしていると、目の前に広がっていたのは殆ど手付かずのオードブル他ご馳走の数々!幹事さんの「よろしかったら、食べていってください。」にメンバー、待ってましたとばかりに割り箸と取り皿を手にしたのは言うまでも無い。
いいかげんお腹一杯食べ終え、「これで今晩は夕飯いらないよねぇ?」と誰かが言ったか言い終わらないうちにK持妻の一声。
「ねぇ、ねぇ、青島さん、入れ物もらってくんない?」(またしてもこいつか!)

恐る恐るコンパニオンのお姉さんに声を掛けたところ、会場の支配人らしき方が奥のほうからお見えになってお持ち帰り容器を座長に渡して一言、
支配人:「お帰りになったらお早めにお召し上がりになってくださいね・・・。
(食中毒患者でも出されたら困るんだよね、ウチは・・・。)」
座長 :「すみません。(ワガママなやつがいるもんで・・・。)」


「ガサッ、ガサッ・・・・・・。」(容器に詰め込む音)


この日の晩、仕事の関係で参加しなかったK持ダンナの夕食が残飯セットであったことは言うまでも無い・・・。(つづく)

尚、この物語はフィクションであり、登場人物や場所は一切事実と異なっているということになっております。
登場する「K持妻」は、当然剣持美砂子でないことは明白です。彼女は可愛くて屈託のないステキな女性です。